高知地方裁判所 昭和24年(行)28号 判決
原告 岡林重彦 外六十六名
被告 高知市長
一、主 文
原告等の無効確認の請求を棄却し、取消請求の訴を却下する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
二、事 実
原告等訴訟代理人は「被告が特別都市計画法第十五条により別紙甲目録記載の原告等に対しなした家屋移転命令、乙目録記載の原告等に対しなした立退命令はいずれも無効なることを確認する。その理由がないときはこれを取り消す。訴訟費用は被告の負担する」との判決を求める旨を申し立て、その請求の原因として次のように述べた。
「被告は高知市における特別都市計画事業の施行者で、別紙甲目録記載の原告等はその事業のため被告が行う土地区劃整理施行地区内に同目録記載の家屋を所有するもの、乙目録記載の原告等は右地区内所在の同目録記載の家屋を賃借してそれに居住するものであるが、被告は土地区劃整理施行のため特別都市計画法第十五条により甲目録記載の原告等に対しては家屋移転命令を、乙目録記載の原告等に対しては立退命令を発し、所定期限内に移転あるいは立退をしない場合は行政代執行により移転あるいは明渡を強行する旨を戒告してきた。ところで第一、甲目録記載の原告等は戦災直後の昭和二十年九月焼跡にそれぞれ苦心して莫大な費用をかけ現在居住の家屋を建築しそれを住宅兼店舗用として生計を営んできたものである。しかるにその後特別都市計画が企画されその事業施行のため被告から前記の家屋移転命令を受け周章狼狽殆んどその生業も手につかない状態である。ところで特別都市計画事業のため行う土地区劃整理施行のため施行地区内に存する建築物等の移転を命ずるには特別都市計画法第十五条第二項により換地予定地を指定しなければならない。しかるに被告はその指定をせず従つて移転先を全く与えないで家屋移転命令を発したものであるから被告の移転命令は右第十五条第二項の規定に反し受入態勢を整えないで原告等に移転を強要する違法の処分である。第二、乙目録記載の原告等はそれぞれ昭和二十年十一月から翌二十一年十二月頃までの間にその居住家屋を賃借したものであるが、当時その家屋はいずれも荒建だけのもので賃借人である原告等が最低二万円から最高十二万円の費用を支出して一切の造作又は改造を施こし数年来住宅兼店舗として営業を営んできたものであつてその結果現在はすでに相当なのれんとなつているものである。ところで被告は前記のように原告等に対し立退命令を発したものであるが特別都市計画法第十五条第三項では立退により損害を受けたときは通常生ずる損害に限りこれを補償する旨を規定している。そしてここにいう通常生ずる損害とは現実に原告等が支出した前記造作、改造費は勿論原告等の店舗ののれん代価及び立ち退いて新店舗を構え営業を開始するため必要な諸経費をも当然含むものと解すべきである。しかるに原告等に対して一戸につき僅か千円程度の補償が与えられるというだけであつてかような殆んど無補償ともいうべき補償額で立退を強要することは右法条に反する違法の処分である。第三、憲法第二十九条第三項は、私有財産は正当な補償の下にこれを公共のために用いることができると規定しているが、この規定上私有財産を先ず公共のため使用して後の補償をすることは憲法の認めないところであるから特別都市計画法等他の法令中にさような順序を規定するものがあつてもそれは憲法違反の無効のものというべきであつて、現在の実情からも区劃整理の施行にあたり予め補償を与えないで移転、立退を要求することは実行不能を強いるものである。なお、被告は乙目録記載の原告等に対しては前記のように殆んど無補償ともいうべき僅少な補償しか与えられないのに立退を強要するものである。そこで被告の処分は正当な補償なしに原告等に対し家屋の移転あるいは立退を命ずるものであつて憲法違反の処分である。第四、被告が特別都市計画法第十五条に基いてなす建築物等の移転あるいは立退命令も一つの行政処分として一定の有効要件が必要であるが、被告の処分は次のようにその要件が欠けたものである。すなわち(一)特別都市計画法に基く換地指定、家屋の移転、立退命令等の処分は都市計画事業の実現を目的とする一連の手続をなしているからその基本である換地指定の処分が違法(無効)であればその後の処分はすべて違法(無効)となると解すべきものである。ところで特別都市計画法第十条により土地区劃整理を施行する場合において換地に関する事項は土地区劃整理委員会の意見を聞いて定める旨が規定されている。そしてその委員会は会長及び委員を以て構成されていて、その職はすべていわゆる公職にあたると解されるのであるが、被告の諮問機関である高知市特別都市計画土地区劃整理委員会の会長及び委員中には昭和二十二年勅令第一号(公職追放令)により公職に就くことを禁止された者が就任しているのでその構成は適法でない。従つて被告のなした換地に関する処分は結局適法な委員会の意見を聞かないでなされた違法な処分である。(二)被告の移転あるいは立退命令がいわゆる自由裁量処分であるとしても憲法が国民に対し居住、移転及び職業選択の自由を認め(第二十二条)かつ健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を保障している(第二十五条)以上その裁量にもおのずから一定の限界がなければならない。被告から土地区劃整理施行のため家屋の移転あるいは立退命令を受けたものは約三千戸でその人員は約一万五千名に達し、しかもその場所は高知市の商業中心地で殆んど市の経済を負担する土一升金一升といわれる繁華街である。もし被告の命令が強行実施せられるときは早晩職も家もない一万五千名の浮浪者が街頭に溢れ市の経済は沈滞し繁華街は火の消えたようになるだろうことは問わずして明らかである。かような莫大な犠牲を払つてまで移転、立退を強行する必要と理由がどこにあるだろう。これが果して国政にあたるものの適正妥当な処分であるといえるだろうか。被告の処分は明らかに自由裁量の限界を逸脱した違法の処分であるといわねばならない。(三)行政処分による国民の権利、利益の侵害は公共の福祉に合致するときにのみ許される。ところで特別都市計画法に基く都市計画においては全部が焼野原となつた戦災地に道路及び緑地を作ることを目的とするものであるが、現在高知市では区劃整理施行地区の殆んど全部にわたつて新築家屋の建築が終り市民の生活が漸くその緒についたところであつて、今になつてその家屋等を収去して四千坪もの空地を作るようなことは全く都市計画の精神、目的を離れるものである。のみならずおよそ緑地設定の目的は既存の山川、森林の美観をそのまゝ維持して都市生活の衛生、保安に資することによりいわゆる田園都市を建設することを理想とするものであるが、この理想を実現するためには施行地区の土地の買上、土地、建物の所有者等に対する補償等予算上困難な事業をひかえ、それは財政的に貧弱な高知市においては至難の業である。反面においてたとえば新京橋の一地区を例にとれば、右理想実現のためには坪時価三万円以上の高価な土地四千坪を潰し、四百戸余の家屋を移転させ、二千余名の者の住宅、職業を失わせてここに緑地を設定しなければならないのであるがこれが果して公共の福祉に合致する行政処分であるといえようか。公共の福祉の観念は現在のそれと将来のそれとを分けて考えるべきものである。高知市百年の大計からすれば立派な道路や緑地を作ることは将来の公共の福祉とみるべきものであろうが、一方市民が現在において衣食住の安全を保障され生計を安定させることが現在の公共の福祉である。そして都市計画としては将来の公共の福祉を考慮する必要もあろうが、目下の社会情勢からすればそれよりも市民のため直面する現実の福祉をはかることの方が一層重要かつ必要なことである。従つて都市計画を定めるにあたつては理想的緑地帯等の設定は将来に残し市民の犠牲の最少な地域、時期において最小限度のものを設けるようにするのが最も妥当な行政措置といわねばならない。かような現実を無視し将来の福祉を偏重して都市計画を定めそれに基いて原告等に対し移転、立退を命ずる被告の処分は明らかに公共の福祉に反して原告等の財産権等を不当に侵害する違法な処分である。原告等は被告のこの違法な処分につき先ず無効なることの確認を求め、その理由がないときはその取消を予備的に求めるため本訴に及んだものであるが、被告の処分に対し原告等は訴願は提起していない。」
(立証省略)
被告訴訟代理人は「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする」との判決を求め、次のように述べた。
「原告等主張の事実中被告が高知市における特別都市計画事業の施行者であつて原告等に対しその主張のような移転、立退命令を発したことは認めるがその余の事実は全部争う。特別都市計画事業としての土地区劃整理は都市の交通、衛生、保安等の公共の福祉のため行われるものであるから高知市においてその事業に関係のある土地所有者、借地権者等は合計約八千名に達するがこれに対する反対者は極めて少数であつて、しかもその大部分の者は土地所有者でも又特別都市計画法施行令第四十五条但書に基きその権利を整理施行者である被告に届け出た者でもない。高知市の特別都市計画は昭和二十年七月戦災後間もなく準備に着手し昭和二十二年五月末頃までには特別都市計画法所定の事業施行の手続を完了し、同法施行令第十条所定の土地区劃整理施行地区の告示をもすましたものである。そして以上のような事情があるため建築関係の法令等によつて高知市における戦災跡地への建物等の建築は殆んど抑制せられていたのみならず昭和二十一年勅令第三百八十九号(戦災都市における建築物の制限に関する勅令)施行後は一層その制限が強化されたのであるが、当時本件関係地区には建築物は殆んどなく現在あるものはその後において急に築造されたものである。そこでその殆んどが法令あるいは法令に基く行政処分(許可等)違反の建築物であつて原告等の家屋中適法なものは調査の結果によれば僅か二戸にすぎない。なお、土地区劃整理の施行によつて多少の犠牲者が生ずることはやむをえないことであつてその犠牲者の損害については法令の定めるところにより補償が与えられるのであるから被告の処分は憲法違反でも法律に違反するものでもない。次に、特別都市計画法に基く土地区劃整理委員は原告等主張の公職追放令にいわゆる公職には当らないので仮りに公職追放者が委員あるいは会長として委員会の答申に加わつていたとしてもその答申並にその後における被告の区劃整理の処分が当然違法(無効)となるべき筋合はない。のみならず原告等の家屋所在の整理施行地区(第三工区)を担当する委員会(部会)の答申には公職追放者は全く参加していない。最後に、特別都市計画そのものがそもそも公共の福祉のため行われるものであるのみならず現実にもその反対者の数は極めて少数でしかもその大部分のものは前記のように異議をいう資格もないものである。かような少数反対者である原告等のため多数者の福祉に合致する特別都市計画事業が阻止されることはとうてい容認できず原告等主張の公共の福祉の観念は採用に値しないものである。」
(立証省略)
三、理 由
先ず本訴は被告が特別都市計画法第十五条の規定に基いてなした原告等に対する家屋の移転あるいは立退を命ずる処分が違法であることを理由にその処分の無効の確認ないし取消の裁判を求めるものである。ところで原告等の主張からは被告の処分は何時なされたものであるかが不明であるから結局原告等が無効の確認ないしは取消の裁判を求める対象である被告の処分が特定しないので本訴はこの点ですでに一応訴の利益を欠くものといわねばならない。しかしながら被告が高知市における特別都市計画事業の施行者であつて特別都市計画法第十五条により別紙甲目録記載の原告等に対しては家屋移転命令を、乙目録記載の原告等に対しては立退命令を発したことは当事者間に争がないので、原告等は当裁判所が本件につき口頭弁論を終結した昭和二十六年九月三日までになされた被告の移転、立退命令を訴の目的とするものと解して右の点をしばらく不問に付し進んで本案について判断する。
第一、特別都市計画法第十五条第一、二項によれば特別都市計画事業のため行う土地区劃整理施行のため施行地区内に存する建築物等の移転を命ずるには同法第十三条第一項の規定により換地予定地を指定しなければならない。ところでこの規定に基いて換地予定地の指定を受けうる者は右第十三条第一、二項、特別都市計画法施行令第四十五条、耕地整理法第三十三条等の規定を綜合して考えれば、従前の土地の所有者以外ではその権利を登記し、又は右施行令第四十五条に基いてその権利を整理施行者に届け出た者のみであつて、それ以外の従前の土地の権利者すなわち未登記の所有権以外の権利(地上権、賃借権等)を有する者でしかも右施行令第四十五条に基く届出をもしなかつた者はその中には含まれないと解するのが相当である。これを本件についてみれば、証人中島環、吉田直明(第二回)の各証言によると別紙甲目録記載の原告等は同目録記載家屋の敷地の賃借人であることが明らかであり、又証人和田幸盛の証言によつて真正に成立したと認める乙第一号証及び同証人の証言を綜合すれば高知市における特別都市計画事業のための土地区劃整理施行地区の告示は昭和二十一年二月末頃までにすでになされていることが推測できるのであるが、右原告等がその権利の登記をし、又は右告示の後前記施行令第四十五条に基いてその権利を整理施行者である被告に届け出たとのことは原告等の全く主張も立証もしないところである。そしてかような賃借権者は特別都市計画法第十五条第二項の規定によつて換地予定地の指定を受けうる者の中には含まれないと解すべきことすでに説明したとおりであるから被告が家屋の移転命令を発するにあたつて甲目録記載の原告等に対し換地予定地を指定しなかつたとしてもそのため被告の処分が違法であるということはできない。
第二、原告等は別紙乙目録記載の原告等に対する補償額が一戸に対し僅か千円程度で殆んど無補償に近い旨を主張する。ところで先ず特別都市計画法第十五条第三項により交付する補償金額に不服のある者のためには同法第二十五条によつて別に裁判所に対する出訴の途が開かれているのであるから補償に対する不服を土地区劃整理施行者の家屋立退命令等の違法事由として主張することは許されないものといわねばならない。しかしこの点は一応不問に付することとして判断すれば乙目録記載の右原告等の賃借家屋は原告等の主張どおりであるとしても昭和二十年十一月頃から翌二十一年十二月頃までの間にすべて建築されたものであるが、その当時は昭和十六年勅令第千百三十号物資統制令に基く昭和十八年商工省令第十七号(工作物築造統制規則)、昭和十二年法律第四十七号(防空法)、昭和二十一年勅令第二百八十八号(臨時建築制限令)、大正八年法律第三十七号(市街地建築物法)、昭和二十一年勅令第三百八十九号(戦災都市における建築物の制限に関する勅令等の法令によつて地域あるいは建物の種類様式を限る等の方法により建築の制限あるいは禁止がなされ地方長官等による許可等が要求されていたものであるところ、証人和田幸盛の証言によつて真正に成立したと認める乙第十一号証及び同証人の証言を綜合すれば乙目録記載の家屋はその中一戸(同目録十五の家屋)を除いて全部が右法令あるいはそれに基いてなす処分(許可等)に違反する建築物であることが認められ、この認定に反する証人氏原一郎、中島環、吉田直明(第二回)の各証言は採用できず他にこの認定を動かすに足りる証拠がない。そして特別都市計画法施行令第三十五条によれば特別都市計画法第十五条の規定による補償金は法令又は法令に基いてなす処分に違反する建築物に関してはこれを交付しない旨を規定している。そこでたとえ原告等主張のような諸損害がすべて特別都市計画法第十五条第三項にいう通常生ずる損害中に含まれるものとしても、又乙目録記載の原告等に対し与えられる補償額が原告等主張のように一戸につき僅か千円程度のものであつたとしてもそれがため被告の処分が違法となるものでないこと勿論である。なお、乙目録記載の家屋中前記適法な一戸についてはそれに対する補償額が原告等主張のように僅少な額であるとの点に関して証人中島環、吉田直明(第二回)の各証言はたやすく採用できないし他にこの事実を認めるに足りる証拠がない。そこで原告等のこの点の主張は採用できない。
第三、憲法第二十九条は財産権不可侵の規定であつてその第三項は私有財産は正当な補償の下にこれを公共のために用いることができると規定するがこの規定の趣旨は正当な補償をすれば私有財産でもそれを公共のために用いることを許すというのであつて、原告等主張のように予め補償を与えた上でなければ公共のために用いることを禁止するものでも又予めの補償でなければそれは正当な補償ではないとする趣旨のものでもなく、補償を予めすると否は問わないが結局それが正当なものであればそれでこの規定に基く憲法の要請は満たされるものと解するのが相当である。従つて私有財産を先ず公共のため使用して後その補償をする旨の規定あるいは処分もそれが予め補償を与えないということだけで憲法の保障する正当な補償を与えない憲法違反のものであるということはできない。そこで被告が特別都市計画法に基き予め補償を与えないで原告等に対し家屋の移転あるいは立退を命じたとしてもその法規、処分は憲法に違反するものではない。又乙目録記載の原告等に対し与えられる補償が極めて少額であるとの点については前記第二のところですでに説明したように同目録記載の家屋中適法な一戸についてはそれに対する補償額がさような僅少なものである事実を認めるに足りる証拠がなく、又その余の家屋はすべて法令あるいはそれに基いてなす処分に違反する建築物であるがかような建築物の権利者に対してまで正当な補償を憲法が保障するものとはとうてい考えられないので特別都市計画法施行令第三十五条の無補償の規定が憲法違反であるといえないことは勿論、従つて又乙目録記載の原告等(但し前記一戸を除く)に対し与えられる補償額が原告等主張のように僅少であつたとしてもそのため原告の処分を憲法違反の処分であるということもできない。なお現在の実情から予め補償を与えないで移転、立退を要求してもそれは原告等にとつて実行不能であるとの事実については証人中島環の証言は採用できず他にこれを認めるに足りる証拠がないのみならず、証人和田幸盛の証言によつて真正に成立したと認める乙第十一号証及び同証人の証言を綜合すれば甲目録記載の家屋も僅か一戸(同目録四の家屋)以外のものは全部が法令又は法令に基いてなす処分に違反する建築物であることが認められる(この認定に反する証人氏原一郎、中島環、吉田直明<第二回>の各証言は採用できない)での結局甲、乙目録記載の家屋を通じて僅かに二戸以外は全部が法令あるいはそれに基いてなす処分に違反する建築物であるといわねばならないから、それ等の家屋の所有者あるいは賃借人である原告等としては被告の処分によつてたとい実行不能を強いられる結果となつてもそれは自ら法令又はそれに基く処分に違反したためであつてやむをえないところといわねばならない。
第四、被告の区分には有効要件が欠けている旨の原告等の主張については(一)特別都市計画法第十条、第十一条の規定によれば土地区劃整理を施行する場合において換地に関する事項は土地区劃整理委員会の意見を聞いて定められるべきものであつて、その委員会は会長及び委員若干人を以て組織された合議機関であることが明らかである。しかし特別都市計画は戦争で災害を受けた市町村の区域により行われるものであることが同法第一条の明文に徴し明らかであるから特別都市計画法に基く土地区劃整理委員会の会長及び委員はいずれも昭和二十二年勅令第一号(公職追放令)にいわゆる公職にはあたらないものといわねばならない(右勅令第二条、昭和二十二年閣、内務省令第一号右勅令の施行に関する命令第二条、別表第二の三参照)。従つて右勅令によつて公職に就職を禁止された者(公職追放者)であつても右委員会の会長及び委員の職には就きうるのである。もつとも成立に争のない甲第三、第四号証によると総理府官房監査課長から高知県総務部長宛に公職追放者が土地区劃整理委員会の委員等になることは望ましくない、追放者を自発的に辞職させる等適宜の措置をとられたい旨の回答がよせられていることが認められるのであるが、これは右甲第三号証及び証人岡田日出男、妹尾勉の各証言を綜合して考えれば右委員等の行動が一般的に政治上の活動を伴いやすいところから右勅令中政治活動禁止の条項(昭和二十二年勅令第七十七号による改正後の第十五条)にふれる虞があるため単に注意的、警告的になされたにすぎないものであつて、右委員等が公職にあたるから追放者はそれに就職できないとの趣旨ではないことが明らかである。従つて本件において、高知市土地区劃整理委員会には昭和二十二年十二月十四日公職追放者としての指定を受けた大西正幹が会長として構成員の一人であつたこと成立に争のない甲第一ないし第三号証及び証人中島環、岡田日出男、吉田直明(第二回)池上保世、片桐仲雄、妹尾勉の各証言を綜合して明らかに認められるところであるが(その他の委員中には追放者のあることを認めるに足りる証拠がない)、そのために委員会の構成が不適法となるものでないことは勿論、被告の換地に関する処分が適法な委員会の意見を聞かずになされた違法なものとなる訳のものでもない。なお、成立に争のない甲第一号証及び証人和田幸盛、池上保世の各証言を綜合すれば原告等居住地域の換地予定地を決定する最終の委員会が昭和二十三年八月二日に開かれているのであるが大西正幹は当日議事の途中から退席してその決定にも加わつていないことが認められこの認定に反する証人中島環、吉田直明(第二回)の各証言は採用できないし他にこれを動かすに足りる証拠がない。
(二)行政庁のいわゆる自由裁量処分であつてもその裁量権にはおのずから一定の限界がなければならないのであつてそれを超えた処分は単に不当には止まらず違法の処分として裁判所の取消、変更等の裁判の対象となりうるものであることは一応原告主張のとおりである。しかしながら家屋の移転あるいは立退命令という本件の処分は国民である原告等に憲法上保障された居住、移転等の自由あるいは財産権等の権利を侵害する行政処分であるからそれは被告の自由裁量処分には属さずいわゆる法規裁量処分であるといわねばならない。ところで原告等はこの処分の実施は莫大な犠牲をともなうものである旨を主張する。仮りに被告からかような命令を受けたものが原告主張のような戸数、人員に達し、その場所が高知市の商業中心地の繁華街であつたとしてもその命令の実施によりその全員、殊に原告等が職も家もない浮浪者となりその結果は高知市の繁栄も遂に望まれないだろうとの事実は原告等主張のように自明の事柄であるとはいえないのであるがこの点に関する証人中島環の証言はたやすく採用できないし他にこの事実を認めるに足りる証拠がない。のみならず証人和田幸盛の証言によつて真正に成立したと認める乙第一、第三号証によれば高知市の特別都市計画においては街路の拡張、新設あるいは緑地帯の設定等従つてまたそのための換地処分等も相当広範囲にわたつて行われることが認められるので、そのため従前からの土地区劃整理施行地区居住者に相当の犠牲者が生ずるだろうことは明らかであるが、およそこの都市計画は都市計画法第一条に明定するように交通、衛生、保安、経済等に関し永久に公共の安寧を維持し又は福利を増進するため、つまり公共の福祉のため行われるものであつて高知市の特別都市計画も後で説明するところから明らかなようにその例外をなすものとは考えられないから、その執行によつて居住、移転等の自由、財産権等個人の権利、自由がある程度侵害せられることがあつても憲法第十三条が個人の尊重をうたう反面においてその自由及び幸福追求の権利は公共の福祉に反しない限りにおいて尊重せられる旨を規定し、この建前で第二十二条(居住、移転等の自由)、第二十九条(財産権不可侵)等の規定も設けられているのであるから、さような侵害は憲法もまたこれを容認するところであるといわねばならない。従つて被告の処分はその裁量を誤つたものであるともいえない。
(三)最後に原告等は高知市の特別都市計画が公共の福祉に反するのでそれに基く被告の処分は違法である旨を主張する。ところで特別都市計画を含めておよそ都市計画は一般に公共の福祉のためなされるものであることすでに説明したところであるが、証人和田幸盛の証言によつて真正に成立したと認める乙第一、第三号証に徴して明らかな高知市の特別都市計画もあえてその例外をなすものとはいえない。すなわち右証人の証言によつてその成立の真正を認める乙第一ないし第三号証、第九、第十号証及び右証人の証言を綜合すれば、高知市ではすでに終戦直後の昭和二十年八月下旬頃都市計画の準備に着手し、復興院のそれに対する認可、告示がでたのは昭和二十一年二月下旬のことで全国でも一番早かつたこと(もつとも公園、緑地の部分に関してはその認可等は翌二十二年五月に遅れた)、そしてその後土地区劃整理施行地区内の建築については区劃整理の施行あるまで、建築線に接すること、家屋移転命令に服従する等の条件で許可を与え又公園、緑地等になることが明白なところには許可は与えないようにする等の方針によつていたことが認められるので、たとえ原告主張のように現在高知市では区劃整理施行地区の殆んど全部にわたつて新築家屋の建築が終つているとしてもその事実は現在都市計画を執行するについてさほどの支障になるものではなく、又たとい原告等主張のような戸数、人員の移動の必要があるとしても建築が終つているとの事実だけで都市計画の執行が不当、多大な犠牲を強いる原因となるものとも考えられない。他方において適法な二戸以外の原告等のように法令又はそれに基いてなす処分に違反する建築物の権利者である者は自ら違法を犯しながら公共の福祉に藉口して自己の蒙るべき損害を理由に都市計画に対してとやかくの非難を加えうべき筋合もない。従つて高知市における特別都市計画がその精神目的を離れる旨の非難等はあたらない。そして特別都市計画及び特別都市計画事業にはなるほど諸種、多額の費用を要しそれは特別都市計画法第四条の規定に則り高知市が負担すべきものとされているのであるが高知市には財政的にその負担が困難であるとの事実はこれを認めるに足りる証拠が何もない。なお、証人氏原一郎、中島環、吉田直明(第一、二回)片桐仲雄の各証言によれば高知市には緑地は不必要あるいは計画内容又は執行の時期が不相当等の特別都市計画反対の意見があり、さような意見の者がその変更あるいは延期を要望して高知市復興期成会という会を結成しその参加戸数は約五百、人員にして二千名以上に達することが認められる。そして将来の公共の福祉を重視するのあまり現在大多数の市民に不当な犠牲を強いるような都市計画が公共の福祉に合致するものといえるかは問題であるが、しかし本件においては原告等の主張からしても高知市における特別都市計画により直接えいきようを受けるものは戸数にして少くとも三千戸人員約一万五千名であることがうかがわれるのであるが、その中特別都市計画に反対する者殊に原告等居住地域に関するそれに反対するものがその関係者中、ないしはこの計画によつて利便を受けるべき高知市民中の大多数であるとの事実はこれを認めるに足りる証拠がない。かえつて、証人和田幸盛の証言によつて真正に成立したと認める乙第十二号証によれば原告等居住地域についてはその周辺居住の市民数百名から原告等居住家屋の移転あるいは立退を強く要望し、特別都市計画事業の早急な実施が熱望されていることが認められる。そこでこの点の原告等の主張もまた採用できない。
以上のような次第であるから被告の処分には原告等主張のような違法な点があるといえないのでその処分の無効の確認を求める原告等の本訴請求は失当として棄却すべきものである。
ところで原告等は予備的請求として被告の処分の取消を求めているのでこれについて次に判断する。特別都市計画法第二十六条で準用する都市計画法第二十五条第一項の規定によれば行政庁のなした処分に不服のある者は訴願ができる旨が定められているのであるが、かような場合は行政事件訴訟特例法第二条によつてその訴願に対する裁決を経た後でなければその行政処分に対する訴を提起することは許されない。もつとも都市計画法第二十六条によれば行政庁のなした違法処分によつて権利を毀損せられた者は行政裁判所に出訴できる旨が規定されていてこの規定も特別都市計画法第二十六条によつて特別都市計画に関し準用されているのでこの規定に基いて違法処分に対しては直ちに、しかも行政裁判所が廃止された現在では通常裁判所に対し出訴が許されるべきである旨の主張が考えられるのであるが、新憲法並に行政事件訴訟特例法施行後の現在ではさような主張は採用できないものと解すべきである。すなわち旧憲法下の行政裁判所は行政官庁内部における監督官庁の地位にありそのなす処分(裁判)もその性質は一つの行政処分であつた(従つて行政裁判所に対する出訴は新憲法の下における現在ではいわば一種の訴願にあたるものと解することができる)。しかしながら現在行政事件につき裁判権を有する通常裁判所は純然たる司法機関であつて行政庁とは何等の監督的上下関係に立つものでなくその職分も原則として法規の適用による判断表示としての裁判をなすことであつて行政処分を行うことではない。従つて旧憲法下において都市計画法第二十五条、第二十六条の規定が直ちに行政裁判所に出訴を許す建前であつたからといつて現在でもなおそれ等の規定が行政裁判所に代るべき通常裁判所に対し訴願を経ることなしに直ちに出訴を許す趣旨であると即断すべきものではない。むしろ行政処分については裁判所の裁判による判断以前に一応行政庁自らの反省を促すのが妥当であるとの趣旨から行政事件訴訟特例法第二条は設けられたものと解せられるので同法施行後は違法な処分によつて権利を毀損せられた者も裁判所に訴を提起するには訴願ができる旨の規定がある限り先ずその前審手続を経由すべきものと解するのが相当である。(かような解釈は右第二十五条第二項の明文を無視するものではないかとの非難については、新憲法によつて国民は違法な行政処分に対しては右第二十六条の規定をまつまでもなく当然に通常裁判所に出訴が許されるのであつてこの出訴を右第二項所定の行政裁判所に対する出訴と解するのは相当ではない、のみならず旧憲法下においてさえも主務大臣に対する訴願あるいは行政裁判所に対する出訴――これも前記のとおり一種の訴願である――という行政官庁内部での救済手続が一回だけではあつてもともかく認められていたのであつて、かような手続の設けられたことには都市計画及び都市計画事業が極めて技術的な性質のものであることもその重要な理由であつたと解されるから、その趣旨は現在においてもなお尊重するのがむしろ都市計画法の精神に合致するものであるというの外はない。)ところで本件において被告の処分に対し原告等が訴願を提起していないことはその自認するところである。しからば本訴は行政事件訴訟特例法第二条所定の訴提起の要件(訴訟要件)を欠く不適法な訴であるといわねばならない。従つて原告等の取消請求の訴は不適法として却下すべきものである。
そこで訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 森本正 安芸修 谷本益繁)